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言葉が消えてしまったみたいだ

今回は、長い日記になりそうだ。
でも、大事な日記になりそうで。
失ってしまったんだろうか、オレは。
あの時、手の中にあった生々しい色という、色。
2005年の8月からずっと日記を書き続けてきたから、読み返してみると、自分の変化が細かく記されているようで、恥ずかしくもなる。
あまりのテンションの違いに、照れ笑いさえ浮かぶw
1年と7ヶ月前、俺は世の中の何も知ってはいなかった。それこそ毎日のように書き綴っていた日記だって、自分の無知を曝け出していたようなものだし、ひたすら明るくなることだけが全てなんだと信じて疑わなかった。
今は手の中にある英語だってBe動詞さえ怪しかった。ましてやイベントを作ることに興味の欠片もなかったし、アートにはマネージメントがあるってことさえ「胡散臭いもの」として俺の目には映っていた。
良くも悪くも、ひたすら純粋だった。
いや、確かにすっげー辛くてシンドイことがあって、沈黙と死の恐怖に苛まれた1年を乗り越えたってことはあったけど、それでも手の中には純粋さを持ち続けていた。
表現者として、言葉を生み出すという純粋な感覚。
伝えたいことは山ほどあったし、そういう伝えたいことを120%の純度で感情に乗せ、言葉に変換することができた。言葉そのものに、自分が変わってしまったような感覚さえあった。「俺が言葉を生む」んじゃなくて、「俺が言葉なんだ」って、感覚。
そういう表現者としての感覚を徹底的に追求していたから、オレは表現者以外の何者でもなかった。ほかの何にもなれなかった。だから、思考を自分の中で最良の表現に変えることに弊害なんてなかったし、たくさんのアイディアがとめどなくあふれ出してきた。アイディアとは、たとえば、物語やストーリーの流れだ。
1日に、3本もの話を組み立てたこともある。
あの、異常なまでの言葉、およびアイディアとの一体感。
今の俺は、あの感覚を全部、落っことしてきてしまった。
………
2005年8月14日
『東京湾大華花火大会!!!!』
昨日、行って来ました☆
そのときのことを書きます。
前日まで空模様が最悪だったので、少し不安を感じながら家を出ました。湿気の混じった風に肌をぬらされながらの出発です。
電車に揺られて、お台場に到着したのは2時ころ。
今夜、夜空に夢を咲かせる浜辺には人が集まっており、テレビ局前の建物も人でごったがえしていました。しかし、予想していたほどでもなかったので、お台場をブラブラすることにしました。
しばらく店を見て、昼食はパスタ。名前は忘れましたが、お洒落で、とても美味い店です。少し高いですけど、テラスもあり、夜になったらきっと夜景が綺麗なことでしょう。
そこで時間をつぶして、店でアクセサリーを見ていたら、いつの間にか午後5時。浜辺に向かうことにしました。
ここでも、予想していたよりも混雑していなかったので、シートを買って浜辺に席をとることができました。しかし、遠くからゴロゴロと鳴り響く雷。嫌な予感が……。
数分後、嫌な予感が的中。強めの雨が降り出しました。あまりにも突然のことに、木の下に避難しました。が、天気雨だったらしく、すぐに雨は弱まりました。
けれど、タイミングを見計らって浜辺に戻ったとたん、また雨が降り出したのです。さすがに、いちいち避難していては席もとれなくなるということで、折りたたみ傘でその場をしのぐことに。みなさんも同じ考えだったのか、傘を持っている人も持っていない人も、その場で耐えていました。
しかし、雨はなかなかやみません。
みんなびしょびしょになり、せっかくの浴衣も台無しです。それでも希望になったのは、そんな雨の中でも楽しそうにしている人たちでした。目の前で、突然自前のコンロのようなものを取り出し、お好み焼きを作り始めた人。ジーパンをはいたまま、海で泳ぎはじめた人。浴衣のまま、水没していた高校生。色々な人がいて笑わせていただきました。
そうこうしているうちに、時間は花火開始時刻の7時に近づいていきます。やばい、このままだと、雨の中の花火大会になってしまう。不安に表情も暗くなります。
そのとき、奇跡が起きました。
花火開始間際になり、雨がぴたりのやんだのです。まるで、雨の中を耐え抜いた俺たちを祝福するかのような、気持ちのいい風が吹いてきました。
午後7時。
花火があがりました。
景色を横切る橋の向こう側で、咲いた夢。
その美しさに、鳥肌が立ちます。
花火師たちの希望が、空を照らしました。
ああ、人間ってすげぇ。
ふと、そんな言葉が頭をよぎります。
人間って、あんなにばかでっかい夢を、夜空に咲かせることができるんだ。たくさんの人たちを巻き込んで、心に感動を残して咲く花火。死に際で、一番、人の心を掴み取れるなんてすげぇ……あんな生き方、格好いいな!
きっと、あの花火を見て達成感を感じている人もいるんだろう。夢を見させてもらっている人もいるんだろう。キスをしている人もいんだろう。色々な人が、あの花火を中心に心を動かされてる。これって、すげぇ。
そんなことを延々と考えながら、夜空に咲く花を眺めていました。爆発の音と一緒に、胸を打たれたんです。
帰り道、また、雨が降り出しました。
まさに花火の間だけ、泣くのをやめた空。
きっと空も、見とれていたんでしょう。
人間だって泣くのを忘れて見とれるでしょうから。
素晴らしい一夜でした。
あの浜辺に吹いた気持ちのいい風を
俺は忘れません。この先、ずっと。
…………
こんな魂の純度の高い表現、今の俺にはできません。
素直で、透き通っていて、すげー綺麗で。
心のテンポが、言葉のテンポそのものなんです。
2005年9月19日
『旅立ち前夜』
明日のために1年半、歩んできました。これからの半年間のために、さまざまな準備を行ってきました。あれこれと乗り越えなければならない壁もあって、大変な時も多々ありました。が、いよいよ明日、出発です。
カリフォルニアへの留学。
全ての発端は、とても悲しい出来事から逃げようとした自分の弱さでした。しかし、その弱さを周りの人たちの言葉によって乗り越えて、今は留学に関する全ての動機をプラスに変換することができました。これまで支えてくれた全ての人々に、感謝の気持ちと、これからの半年間で得ることになるであろう、自分の成長を捧げたいと思います。
一体、異国の地でどんなことが待っているのでしょうか。インターネットへの接続環境を見つけたなら、まだ見ぬ世界での報告をこの場を通じて行うつもりです。また、海の向こう側で手に入れた感覚の全てをかき集めて、これまでよりも更に秀でた、人の心に届くような言葉を紡げるような人間になって、日本の土を踏むことにします。
言葉についての目標は、詩の作品数を、100作以上に増やすこと。加え、前々から練習しようと考えていた絵の上達。当然のこととしては、英語の取得。だからといって、今宣言したことだけに留まらず、これまで体験したことのない新しい世界を、少しでも多く、この身に取り入れてくることを最大の目的に置きたいと考えています。
よって、これからの数日間、ブログや日記の更新が途絶えることになるかもしれませんが、気長に次の更新を待っていていただけたら嬉しいです。ただし、上でも言ったように、詩は途絶えることなく書き溜めてきます。アメリカという世界最大の大国で、得られたものを言葉の力として還元し、世に解き放っていくつもりですので、よろしくお願いします。
更なる飛躍を自身の未来に望んで、存在の証明を背中に、絶望を下に人々が空を向く世界を夢に見ながら、言葉が世界の平均線より数ミリ上を目指すように、自分が告げる意味が負った多大なる責任と重圧を抱えられるような意思を胸に得られるように、それらを背負える頑丈な魂を得られるような旅を歩んでいけるように、日本を離れます。
では、行って来ます!!
………
言葉。
まさに、そのもの。
ああ、なんだか、絶望感でいっぱいです。
大事な感覚を、無くしてしまった。
『世界最大の大国で、得られたものを言葉の力として還元し、世に解き放っていく』
『更なる飛躍を自身の未来に望んで、存在の証明を背中に、絶望を下に人々が空を向く世界を夢に見ながら、言葉が世界の平均線より数ミリ上を目指すように、自分が告げる意味が負った多大なる責任と重圧を抱えられるような意思を胸に得られるように、それらを背負える頑丈な魂を得られるような旅を歩んでいけるように、日本を離れます』
結果、生まれた『Umbilical cord』という詩集。
動き始めた、俺の体。結果、手に入れた現状。
だけど、失ってしまったのは、表現者の精神性。
今は、ただ、取り戻したい。
どうすればいいんだろうって考えても答えは出ない。
だから、もう1度何かを書こうって思っても生まれないよ。
ホームページで表現者の精神性にぶちあたって、気付いた。
もう、俺は失ってしまった。
書けない。
書けない、どうしても、書けない。
もう1度、取り戻したいもんがある。
【Shaking Hands】
真っ白い紙に 文字を刻んでいく
無我夢中に鉛筆を走らせる僕の手は
現実と平行に 新しい世界を創っているのさ
文字の空想を 夢として掲げてみた
物語を紡ぎ続けて 10年が経つ
気がつけば目の前に 20歳の誕生日
何度か瞬きしたら 時が消えて
少年と少女は 混沌に呑まれそうだ
そうさ こんな僕でさえ
大人の階段を 登れるらしい
巨大な暗幕の向こうで 蠢いているのは
責任と重圧 理性と焦燥
沈黙は 底冷えのする世界の到来を告げ
目前に控えた 開演のベルは
まるで 断末魔の叫びのように
頼りない子供たちを 縛りあげるだろう
怯える目をした 誰かが言った
「なあ 大人ってなんだ?」
20年生きれば 誰だって
強制的に 押し上げられる舞台
何のため? 飯を食うため 生きるため
金を稼ぐため 世間の目を避けるため
それとも 大切な人を守るため?
くるりと1周して 自分の首を絞めつける
考えない方が 楽だって
どうせ いつかは 君が怯える舞台にも
知らぬ間に 慣れてしまうのだから
新しい世界だから 誰でも始めは怖いものさ
物語を描き 空想に住み着いて
見ないフリして 時間の流れを横に掃けて
完全に黙って 無視を決め込んでも
そいつは 意識の端に触れてくる
「なあ 大人ってなんだ?」
もうすぐ開く 暗幕の向こう側
まだ見ぬ世界に 抱く疑問は
世の中を動かす力への 猜疑心かい?
こんな僕を 大人は子供と呼ぶのだろう
別に 悪い気はしないけれど
少しだけ 鬱陶しいな
その価値観を 僕に突きつけないでくれ
誰が 大人の定義を語るの?
あんたの知っている そいつの位置づけが
本当に正しいと 証明できるの?
あんた方の知っている 大人ってやつは
所詮 大きな流れに埋もれた立ち位置で
死ぬ気で 誇りを掲げている奴には
時と場合によっては 邪魔だったりもする
上も下も無い ただの隣同士
どっちを選ぶかは あんたの自由
大人と子供の違いなんて そんなものさ
子供の小さな手が掴む 大事な宝物を
大人の大きな手は 握り締めていられるの?
馬鹿になって やりたいことやって
無鉄砲に駆け抜けて 大口開けて笑う
そんな『強さ』が 子供だとしたら
大人には無い『強さ』だと 僕は思うわけだよ
けれど 人間としての道徳を知って
紳士淑女になって 落ちついた態度で振舞って
広い視野で 物事をとらえてみたりするのは
大人だけが持てる『強さ』であるわけで
子供には抱えきれない 大きな器なのかなぁ
両者が 同じ夢の端を掴んだら
どれだけの限界を 打ち壊せるだろう?
この世の中に 不可能なことなんて
いくつも無くなるはずさ ねえ?
だから 物語を書くよ
未来と過去が 手を繋ぎ
強敵を打ち崩す 最強の武器となる
そんな伝説で 新たな物語の幕は開けるのさ
空想と現実の接点で 大人にもなりきれず
だけど 子供にも留まれない『強さ』を抱えて
大きな転機を 跨いで行くよ
さあて いよいよ開演だ
………
オレは、大人に負けたんだろうか。
【ノルン】言葉の表現者shotaの作品集
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